サマーエンデュランスカーニバル
2001もてぎオープン
7時間耐久ロードレース
(2001/8/24,25、26)

【予選】  23位
【決勝】  14位

8月22日、いよいよ今日からモテギ入りです。

今年のチームはほぼ1年掛かりなので、
かなり前もって準備をしていたつもりでしたが、
夏場の連続走行となると、やはり色々な問題点が発生する為、
結局7〜8月は、ドタバタしながら現地入りです。

ことしは例年とスケジュールが変り、22日は荷物の搬入のみで、
23日が練習&受付、24日が予選、
25日が7耐漏れた人たちのレース(これが功を奏することに)、
そして26日が決勝となっています。

仕事等の関係で、
連日参加出来るメンバーが限られてしまうのが、チョッと不安ですが、

日本の夏季休暇との擦り合わせた日程も考えて貰いたいですね。


23日練習。

今日から入れるのがライダー3名みーこ様だけの為、
3回ある走行のうち、最初にここの所、ゼッ不調の私が走り、
後はメカニックに徹することに・…。

しかし、本番を前に入れ込みすぎるチームが多く、
転倒者続出の為中断ばかり。

ろくに計測ラップが出来ず、どうも気持ちよく走れない。

 ただし、平山・HIDE両選手は予選に向けて
しっかり合わせてきているので、頼もしい限りです♪

 ただ最後の走行の時に、
3耐で壊れたミッションが今ひとつしっくり来なくなってきている。

ここへきて手の施しようもなく、
ワコースから供給を受けた新型オイルに交換して予選へ挑むことにして、
サーキットを後にする。

 宿泊先のさかなや旅館にて菊地メカ長が合流し、
またヘルパーの"かおるん"が、新潟より急遽駆けつけてくれて、
より体制が心強いことになり、全員就寝。

(同宿の某メーカーの方の"ウシガエルの様なイビキ"の被害に遭っていたことは・…)



7時間耐久予選

24日予選

いよいよ本日、全員の"1年越しのリベンジ"の最初の結果が出る。

朝、パドックにて石田助監督が合流。
ブリィーフィングの後、A組からの予選が始まる。

今年は参加台数が238台に上り、
予選も15分に短縮された上に4組に分かれている。

組分けも"基本的には排気量別をベースにしている"との事で、
我がチームはC組で、

"有力ショップチーム(TSR・桜井ホンダ等)と一緒なので
有利に展開出来そう"
と、

平山選手は余裕の表情だが、
交流のあるヴァンサンクさんは何故かA組に振り分けられている
(車両も第一ライダーの技量も同じくらいなのに??)。

A組は、大排気量(GL1500やV−MAX)と、
軽量級(150〜250cc)の車両が多い為、
全体的にタイムが伸びない。

1台2分5秒台、ヴァンサンクさんが2分7秒台、
その後は2分10秒も切れない。

一瞬、今年のレギュレーション変更の効果が有る様にも見れるが、
申し訳ないけどA組のチームの面々を見れば、そうでないことは直ぐに判る。

そのままA〜B組も終わり、いよいよエース平山選手の番に。

出遅れてしまうと、遅い車両に行く手を遮られてしまうので、
B組の予選中に他チームの動向を見ながら
ピットロードの出口の方へ持っていく。

"RS−ITOHか、○○チームの後ろへ!!"

平山選手の希望に添うべく、予定通りのポジションへと付け、
予選開始を待ち、そしてスタート!!

平山選手、直ぐに2分4秒台に入れてくるが、
そこから先が中々伸びない。

まあ、このタイムなら予選通過は間違いないので安心しているが、
平山選手自身も

"予選では3秒台に入れますから!!"

と言っていたので、期待半分見ていると、そのまま終了してしまう。
平山選手、帰ってくるなり

"もっと早く走る選手だから、引っ張ってもらうつもりだったのに、
調子が悪いらしくそのまま終わってしまったので、
アタックするチャンスを逸してしまった!!"

そして、

"もう一度、予選やりてぇ〜〜〜〜〜〜!!"

残念、幻の3秒台に終わってしまった。
 しかし、恐れていた出来事も発生してしまった。

 "4速、入りづらくなってきたよ!!"

 "その為に、前の選手を抜こうとしたんだけど、離れてしまった"

 さあ、困った。

 せっかく、予選通過タイムは出ているのに、
この状態では決勝を走りきるなど不可能な状態になってしまった。


HIDE選手

"あまり無理しないように!!"

として、第2ライダーの予選へ。
HIDE選手、車両の調子が今ひとつながら、
そこそこ
(本人は相当満足していないが、この状態ではね!!)
のタイムで無事終了。

その間、私は第3ライダーの為基準タイム
(最速者の130%・2分30秒ぐらい)
をクリアすれば良いので、部品を探し回ることに。

 今年、色々と助けて頂いてる、小沢さんに相談へ行くと、

 "うちも予選終了後、店に帰って交換するよ!!"
 "今使ってるミッションは、まだ壊れてないよ!!"
"それでよかったら貸してあげるよ!!"

との、非常に有り難いお言葉を頂き一安心。

 "じゃあ、これで安心して基準タイムをクリアしてきます!!"
 などとほざく私に、

 "あれ〜〜、これから走るんだっけ!!"

 と小沢さん。

 どうやら、そんなに余裕の無い顔していたようだ。


 出走228台中、23位での順位確定後、

smsに作業の手配をしてから、予選終了後に車両を積込み、
菊地メカ長と共に横浜への帰路に着く。
いくら明日1日予定が無いとはいえ、地元に戻るとは考えても見なかった。

 "ホンとは今晩、予選通過の祝賀会だったのに(ToT)"

 それでも、sms小川社長を始めスッタフの皆さんと、
オザワR&Dさんのお陰で、日付の変る頃には車両も元通りとなり、
土曜日から合流予定だった、メカ&トレーナーのりょうちゃんを連れて、
再びモテギへと行くのでした。



25日2耐&3耐。

 決勝進出を果たした我がチームは、
夕方のミィーティングとタイヤマーキングまで予定が無いので、
雑誌の取材を受けに行ったり、タイヤ交換の練習や、
前日の突貫作業の仕上げや打合せを行い、
早々??にサーキットを後にする。

 旅館にて、応援に来てくれた江本&菅井さん
チョッと盛り上がり
(と言っても前日ろくに寝てないので、あっさりダウン)
明日に備えました。


7時間耐久ロードレース

決勝

26日決勝

 ついにこの日が訪れた。


 考えてみれば、

2年前何も判らず始まってしまった"第2回もて耐"以来であり、
平山・HIDE両選手は上手くいかなかった昨年以来
(それは参加している殆どのスタッフも同じ気持)
の決勝である。
 
30分のフリー走行で、組みなおしたミッションの調子を確認の後。
サマーエンデュランスカーニバルの名のごとく、
ピットウォークの時間にメンバー全員での記念撮影やスポンサー様の撮影。


そしていよいよスタート進行に向かうべく、
平山選手#847号車に乗りピットを後にする。

 前回の3耐でも前の方のグリッドだったけど、
今回の23番手グリッドも、チャンと選手紹介してもらえる場所なので、
オーロラビジョンに写る自分達の姿に、また感慨一入。

去年はグリッド上で割りと高ぶっていた平山選手も、
今年は余裕の塊で、

 "たまってきたら、ヘアピンを真っすぐ行って、林の中で・…"(謎爆)。
 
コース上から、ライダー以外が追い出され、カウントダウンが進んでいく。

そしてスタート!!!

平山選手、今年は特にスタートが良く、
23位から1周目が終わる時には13位まで順位を上げ、
さらに順位を上げていく。

本人曰く

"回りがみんな遅いんだよ!!"
"進むべき道が見えるんだよ!!"

と言っていましたが、9位まで順位を上げることに。


給油のタイミングと丁度ピッタリにペースカーが入った為、
そこでHIDE選手へ交代。

上位のチームより早めの給油なので順位を落とすも、
他チームも給油に入る為に、順位が上がってくる。
今年は序盤からの転倒者が多く、再びペースカーが入ったり、
至る所でイエローフラッグが降られている状況の中、
HIDE選手は無難に、そして着実に順位を上げていく。


そうしているうち、いよいよ私(東野選手)の出番に!!

ここのところ全然乗れて居ないが、ナントもベストを更新したい気持もあり、
力んでピットを後にする。
走り出してみるとコース上は、転倒の影響か相当遅いペースの車両と、
ハイペースの車両が入り乱れて走っている。

とにかく転ばない事、
アクシデントに巻き込まれない事

意識して走っていたが、
周回を重ねるうちに右手の感覚が無くなって来るではないか!!

 それも、ブレーキを握っている感覚が全然つかめない

"ナンナンダ?? まだ30分も経ってないのに!!"

しかし、こんな状態で走行を続けても危ないだけでどうしようもないので、
合図を出して何とかピットへと戻ることに。

予定外のピットインにも関わらずスタッフは皆、
確実に作業をして平山選手が飛び出していく。

私の方は、緊張と力みや色々な要件が重なってか、
グローブを外した右手は痙攣を起こしている。 
かおるんの応急処置やりょうちゃんのマッサージにより、
取り合えず動けるようにはなったが、不安な面は隠せない。

その間、平山選手・HIDE選手と順調に走行し、
フロントは良さそうなので、リアのみをタイヤ交換することに!!
(多分7時間無交換はうちだけでは??)
練習より早く作業が出来
(メカニック達は、かなり不満だったらしい??)、
残す問題は、の走行時間となった。

もて耐では、早いライダーが1人で長時間走行するのを
禁止する為のルールで、30分以上の休憩インターバルと、
1人の走行時間が1時間以上のルールがあり、
私の先程の走行時間では30分に満たない為、
もう一度走行しなくてはならなかった。

ここで朝からズゥッと、パソコンとモニターをチェックしてくれていた
加納さんのチェックが効いてきました。

"平山選手とHIDE選手が、26周づつ走ってくれば、
残り時間丁度を走ればOKですよ!!"と。

コントロールタワーのオフィシャルに走行時間の確認に行って貰い、
最後に備えていたが、前回の走行であんな事があってからでは、
チーム全員が不安です。
そこでHIDE選手が一番気の重い事を私に言いにきました。

"次の走行で、走ってください!!"
HIDE選手

"ダイジョウブだよ。最後の30分ぐらいなら"
と言う私に、

"もしダメだったらどうするんですか??"
"次で走れば、直ぐ帰ってきても、もう一回走れるんですから!!"

自分ではダイジョウブのつもりでも、実際に走って見ないと??
との不安もある。しかし、今年が最後のもて耐であろうから、
チェッカーを自分で受けたいとの気持がよぎる。でも・…。

"じゃあ、次の走行で規定時間を走りきってくるから、最後の走行で順位を上げてきてよ!!"

予定より早く、最後の走行が回ってくることになりました。
新しい方のツナギに着替え、イマイチ不評のヘルメットも
前のタイプに変えて、

"これが最後の走行!!"

と思いつつ、平山選手の帰りを待ち、いよいよ交替の時が。

給油中に平山選手から、ブレーキのリモコンが外れてる旨を受け、
菊地メカ長が応急処置を!! 

こういうときに、給油装置を使って15秒で入れる場合と、
携行缶で50秒で入れる場合との余裕の差が出てきます。

そしてチョッと慌てて落ちそうになりながらも、ピットアウト!! 
(あとで担当のオフィシャルが言っていましたが、
この辺りのピットのチームでは、入ってきてから出て行くまでが、
ダントツで早かったそうです
。 
掲示板にカキコしていたりょうちゃんの指摘が
全員に行き渡っていました)

最初の周回で、ブレーキが遠く感じるので東ストレートで手前に調製して、
90度コーナーへのブレーキングを始めると・・・!!! 

ここはモテギで1番のフルブレーキングが要る所なのに、
指が挟まるほどになっているではないか!! 
アアッ曲がりきれない・…と、チョッと飛び出してしまいました。

こんな状態だったとは知らないピットでは、
"ヤッパリ走行は無理だったのでは??"

と、思っていたらしいが、私自身はバツの悪い思いと、
チョッと怖かった思いだけで、後は遅いなりに順調に走っていく。

似たようなペースのR-1と抜きつ抜かれつを繰り返し、
チョッとだけバトルしながら走行していると、ピットサインが何か違う。

"タイムはこんなもん(16〜18秒台)。順位も確かこのぐらい(15〜18位)。
でもナンカ変なんだよなぁ〜〜〜???"

などと考えながら次の周、よく確認するとダンボール黒マジックで、

"ガンバレ"の文字が!!
(これがよく見えないんだ)

チョッと心を打たれたぞ!!と思いながら周回を重ね、とうとう

"L−6"のサインが。 

"あと6周で終わりか"

と思い、もう一周してくるとサインが見えない
次の周も??

次の周は、また

"L−6"が。

どうやらピットでは加納さんの計算で、
あと何周走れば次の交替でフィニッシュまで行ける!!
と云う事で打合せをしていたのでした。

そしてサインの数字が無くなり

"PPPP"に。

いよいよ最後の周回となり、判ったとばかりに足を上げてストレートを走る。
そしてピットで待つHIDE選手と交替。


"ブレーキのタッチが、相当怪しく変るから、気をつけてね!!"そして
"あと順位は三つは上げてきてね!!" 

と無責任な頼みを。

"判りました。任せてください!!" 

と頼もしく返事をするHIDE選手が、ピットアウトしていく。

ピットインで順位を下げたものの、加納さんの計算どおり?に、
前を走る何台かはピットに入り、そこからはHIDE選手の終盤にしては
ハイペースの追い上げで、再び順位は18位まで上がり、
前を行くAC91Mを徐々に追いついていく。

HIDE選手曰く、

"周回遅れと一緒に、あっという間に抜いちゃったけど、あれが17位だったんだ!!"

と、ピットの盛り上がりに対して、ずいぶん簡単にやったようでした。


更にいつの間にか16位のチームも抜いていて
残り2〜3周になり、関係者全員がピットウォールに出てきてる時に、
気が付いたら順位が15位まで上がっていました。

そして7時間の、いや1年越しの長い戦いに幕が下りるチェッカーフラッグが振られ、
HIDE選手ウォール越しに寄って来て
ついにゴールを迎えました。

"パレードラップが有るのでもう1周あるよ!!"との声に、


"エエッ、計算に入ってないからドナドナかも??"

と、チョッとうろたえる場面もありましたが、
HIDE選手は無事に戻ってきて、ウォール越しに頭を叩かれ、
ウィリーを決めて行きました。

全員がライダー&マシンを出迎えにコース上に溢れ、
仲のいいチームと健闘を称え合い、
そしてピット前で恒例の"ビール掛け!!"
もったいないから発泡酒)が始まりました♪♪

いつもは参加しない平山選手も一緒に暴れ回っていたところ、
HIDE選手が"ツナギが濡れるのは・…"と逃げ出していました。

しかし、このままで終わるわけには行かないので、捜索隊が出動し、
ピットレーンでツナギを脱がせ、泡まみれになったのは、言うまでも有りません。
(1人だけになったから、思いっきり浴びたでしょう)

最終的に、2位走行中の車両がトラブルで止まってしまった為、
周回数は多いのですがノンフィニッシュ扱いになり、

14位!!

というプライベートチームでは望外ともいえる結果を残すことも出来ました!!


 

最後に、

sms北ウィングの皆様、オザワR&D様、

遅くまで色々と助けていただいて有難う御座いました。

また、昨年に引き続き、いきなり色々な事の相談に載って頂き、
アドバイスして頂いた

ホンダの馬場様、サポートして頂いたメーカーの皆様、

そして我がチームに参加して、私の我侭を聞いてくれた

ヘルパー・メカニック・ライダー及び
当日来れなくなってしまったけど応援&支援して頂いた皆様.。

皆様のおかげで
このような結果を残すことが出来ました。

ここにてもう一度お礼を申し上げます。

誠に有難う御座いました!!

 


 

 
協賛各社(順不同・敬称略)

住友海上火災保険
横浜エフエム放送
岡田商事
潟fンソー
潟Nシタニ
釜a光ケミカル
大同工業
鰍ツくし工房
海上菜館
エモトサンデント
ナップス港北店